錬金術師と墓守り

 夢を見た。
 貴方が隣で笑う夢。私は私のはずなのに、目の前にあるその墓石には何故か私と同じ名前が刻まれていて。

 ふと貴方が見下げた視線の先には、新しく添えられたばかりのかすみ草の花束があって、私はまた叶わぬ恋をしたのかと心の中で泣く。

 そんな、夢。

 ハルピュイアは今年で漸く16の成人の日を迎えた。
 キィンベルのカレッジでの成績が認められ、錬金術師としても名を馳せる今、漸く「大人」という免罪符を手に入れて浮き足立っている。
 胸元に光るバッジは、明日から入所予定の王立研究所の研究員であるサインだ。

「王政もなくなった今、王立だなんて名ばかりとはいえ…、世界を代表するトップ機関の一員になれるだなんて流石天才よねー!」

 ほほほほ、と人目も憚らずに高笑いをしながら通りを駆け抜ける。天才となんとかは紙一重だとよく言われる彼らしい行動には街の人々も慣れたもので、楽しそうな姿に微笑むと本人にはバレないよう顔を伏せていた。

 向かった先には集合墓地がある。
 以前たまたま湿った場所に自生する素材を求めて立ち入ると、プクリポの魔法生物がせっせと一つの墓を手入れしているのを見かけたのだ。
 流石に遠目にみただけでは魔法生物だとは断定できなかったが、自信が発明した魔力探知機が反応していたので間違いない。

「さぁて、確かこの墓…が?あれ。」

 そこに刻まれた名前は、よく知っている名前だった。

『魔法使いハルピュイア、ここに眠る』

 それだけが彫られた墓石に、思わず指を這わせた。この石の下に眠る同じ名前の人物…一体どんな人だったんだろう。

「その墓に何か用か?」

 低いけれどよく通る声に驚いて、後ろを振り返る。墓場の入り口にかすみ草の花束を持ったオーガの男が立っていた。
 赤く逆だてた髪はまるで燃える火のよう。対照的に青い眼差しは、下がり気味の目蓋に囲まれて少し気怠げに映った。髪色と同じ顎髭は、短く整えられているが彼の持つ精悍さを上手く引き出していて……つまり、一目惚れだった。

「わ、すまない、身内の方か。たまたま目に入ったら同じ名前で驚い…て?」

「ハルピュイア!!」

 言い終わらぬうちにきつく抱きしめられて、ひどく驚いた。
 こんな運命的な出会いがあっていいのだろうか!一目惚れした相手からいきなり、は、ハグされるなんて!!

「ひ、日頃の行いが良すぎたのだろうか…?」

 混乱して思わず言葉に出てしまう。
 喋ったことで相手も正気に戻ってしまったのか、安心感のある太い腕は外されてしまった。

「わるい!いきなりこんなオッサンから抱きしめられたら怖かったよな…?」

「そ、そんなことないぞ!むしろ…うれ…いや、まぁ街でも天才で名の通るハルピュイア様だからな!抱き締めたくなる気持ちも分からんでもないぞ!」

 ハハハ、と恥ずかしさを誤魔化すついでに笑い声を上げてみる。
 優しい眼差しがじぃっとコチラを見つめていて、余計に恥ずかしくなってしまった。

「そんなに見られると恥ずかしいんだが…。」

「あぁ、悪い。けど余りにも似ていてな…。」

 すっ、と自分より後ろへ視線が移ったのを感じてハルピュイアもつられてそちらを見た。
 似ている、とはこの墓の主人にだろうか…?

「さぁ、案外生まれ変わりだったりしてな?」

 どういう、関係だったんだろうか。
 かすみ草の花言葉がふと頭をよぎり苦い感情が広がるが、それも一瞬のことだった。

「そのバッチ錬金術師だろ?薬草茶も興味あるかと思ったんだが、少し飲んでいかないか?」

 初対面の男にホイホイついて行くなんて不用心だが、惚れた男の家を知る機会もみすみす逃すものではない。

「へぇ、薬草茶なんて馴染みがないから興味あるかも。お兄さんの家は近いの?」

「あぁ、俺はここの墓守りなんだ。」

 墓場のすぐ近くの小さな丘の上を指さし、彼はゆったりとした歩みで進み始めた。
 幼い頃、お化け屋敷だと呼んでいたその小屋は古ぼけてくすんでいて、ちんまりとして見えた。
 オーガの大男が住むようには見えない。

「結構道が荒れてるから、俺の手を掴んでいく方がいい。」

 振り返り、差し伸ばされた手。
 不思議と軽い腕がするりと動いて彼の手を取った。

「名前を、教えてもらってもいい?」

「ファーブニル」

「私の名前は…「ハルピュイア、墓の名前と一緒だって言ってただろ?」

 それよりずっと前から知ってる、と青い瞳が語っている。そしてハルピュイアも、ファーブニルという名の響きにとても馴染みがあった。

「ねぇ、多分、私達前にどこかであったよね?」

 ギィ、バタン。

「あぁ、会ったことがある。」

 中は、やっぱり狭い。
 オーガの身長では天井に頭がつきそうだ。
 オーガサイズであろうベッドと、リビングとキッチンを兼ねているのであろうテーブルが床を埋めてしまっているので余計狭く感じる。

 薬草はキッチンの窓際に逆さまで干されている。
 嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔に充満して、ハルピュイアは目の前の男に過去の幻想を見た。

「ファーブニ、ル…。」

 何故そんなに愛しむような目をするのだろうか、
何故薬草の匂いが充満する場所を懐かしく感じる?何故、この男の顔を知っている……?

「ハルピュイア、おかえり。」

 髭のない若々しい顔のオーガが優しく微笑んでいる。気怠げに垂れた目元と、力強く吊り上がった眉が相対的で不思議な魅力を醸し出している。

「ただ、いま…?」

 このおとこは、わたしのものだ
 ふと頭の中を大きな声で遮られ、その衝撃に驚いて耳を塞いでしまう。

「な、なに!?あれ、ここどこ…?」

 気付くとベッドの上で天井を眺めていた。

「やっと目が覚めたのです〜!そこはピュンのベッドなので早くどくですよ!!」

 いつぞやに墓場で見かけたプクリポが頬を膨らませてこちらを覗き込んでいた。
 ピンクの長い髪がわさわさと揺れる。
 その身長には少しこの小屋は大きく見えるけれど、大きな違和感はなかった。

「目が覚めたなら家に帰るです!もうじき陽が落ちて暗くなったら、キィンベルの門が閉まってしまうかもですよ〜?」

 ベッド脇のカンデラに火を入れながら、怪談話をするかのようにおどろどろしい仕草で話す姿は、プクリポというよりゴーストというモンスターに近い。図鑑でしたみたことないけど。

「お前、魔法生物なんだな…。」

 胸元にしまっておいた探査装置が反応を示している。

「昔々、ある人に大事にされてたのです。その人のお墓を守るためにここにいるですよ。」

 だから合法です、悪しからず。
 プクリポのかわいい口から出てくる言い回しにしては似つかわしくないそれに、ハルピュイアは自分に近いものを感じながら微笑んだ。

 ハルピュイアの研究はキィンベルの歴史に刻まれ、別の墓地にその名が刻まれることとなった。
 その何年か後、ひっそりとかすみ草の花が添えられていたことは私達しか知らない話である。